10月2日
大学のパソコン・ルームにて、大学時代の同級生のトミーに会った。最近、メールしても返ってこないから、大学を退学したor自殺したと思っていた。2時間ほど近況などを話す。なんでも、文化祭でフォークデュオ?をやるらしい。そのあと食堂へ昼食を食べに行った。話の額縁、誇張。
『HARUKO』。たとえば、こういった類の映画を観るときに過敏に考えてしまうのは、「日本の左翼的な宣伝やプロパガンダではないか?過度に彼らを被害者として描いていないか?」ということ。よく観るとフジテレビ制作だった。すると、「保守に都合のいい話になっていないか?」ということがどうしても気になる。まぁ、そんな感じで見始めたが、この映画においては、そのような胡散臭さは、私にはほぼ感じられなかった。在日一世の女性を、(無理やり、作者のうざい主張やメッセージに結びつけることなく)素直に描いているように思えた。(だから、綺麗にまとまってはいない)。
在日朝鮮人一世の彼女は、平気で嘘をついたりずるいことをしたり犯罪をおかしたりする。これは、よくネトウヨが主張している「在日の姿」とあてはまる。しかし、この映画をみたあとでは、それらは彼女やその子供が当時の環境の中で「生き延びる」ためには、(野生の動物がするように)あたりまえの行為であると私には"感じられた”。だからといって彼女の行動が正当化されるわけでもないし、犯罪が犯罪であることには変わりない。
私達が、彼らのやっていることを知って、“なんとなく”嫌ったり(身を守るために)警戒するのは当然のことだし、それをやめる必要は全くない(私たちは高尚でもないその程度の厭な人間なのだから)。また、彼らが犯罪をしたならきちんと罰するべきだ。ただ、かれらのことを生まれつき凶悪な人種だとか理解不能な怪物と思う必要はない。彼らも高尚でもない普通の厭な人間であるだけなのだから。ただ、それだけのことなのだと思った。
『世界音楽の本』を、寝る前に読んでいたが、すごく面白い。だけど、寝ころんで読むには重すぎて手が疲れる。
10月3日
8時起床。腹痛あり。シャワーあびる。
9:30 精神科。秋冬に備えて、パキシル20→30mgに増量。
大学のパソコンにて論文漁り。お腹がすいてきたので昼食へ向かう。
本屋にて、『大友良英のJAMJAM日記』、『植草甚一ぼくたちの大好きなおじさん―J・J100th Anniversary Book』を買った。後者にはCDがついていて、植草甚一のインタビューがついている。
寝る前に、中島義道さんの『ひとを<嫌う>ということ』という本を読む。私は人を嫌うとき、「なぜ、彼(ら)は私と同じ高貴さを備えていないのだ?」と私は考えている。「私なら、そんなことしない」と。「私はこんなに努力しているのに、そんな努力をしていない「格の低い」人間にどうして嫌われなければならないのか」と考えることが多い。こうして文字にしてみると、自分の考えの滑稽さに気付き気恥ずかしさすら覚えるが、怒っている最中はまったくそのことに気づいていない。興味深い現象だと思う。どこか『自分の小さな「箱」から脱出する方法』に通ずるところがある。
秋になって、カヒミカリィさんの声がとてもききたくなった。カヒミさんのアルバムでは『Nunki』が一番好きで、何百回も聴いている。あとDVDの「Muhlifein」も素晴らしい。それが飽きると、エアチェックしたカヒミさんのラジオを聴いている。06年にNHK−FMで放送されたsound street21がとても良い。聴いていて、ヴェルナー・ヘルツォークの映画がみたいと思った。
6:01
nakagawa